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計測とフィルタ(その2:フィルタの周波数特性と波形応答)

計測とフィルタ(その2:フィルタの周波数特性と波形応答)

電子計測では、特定の信号を選択的に取り出したり、ノイズを排除したりする目的で、フィルタを使います。


電子計測では、フィルタを使用することで、測定の精度を上げたりダイナミックレンジを拡げたりすることができます。
とはいうものの、ある周波数までは完全に通し、他は全く通さないという理想のフィルタは存在しません。
さらに、フィルタの減衰特性にはさまざまなものがあり、各々応答が異なります。
ここでは、ローパスフィルタの方形波に対する時間応答(ステップ応答)を中心に、フィルタの特性による違いを見ていくことにします。


フィルタの特性として最も一般的なのは「バタワース(butterworth)」です。
最大平坦型(max flat)と表記されているものもあります。

図1にバタワースフィルタの振幅周波数特性を示します。
ちなみに、図1でOrder何々となっているのは「次数」と呼ばれるものです。
同じ名称の特性を持つフィルタでも、次数によって減衰傾度が異なるわけです。

図1:バタワースフィルタの振幅周波数特性

次数というのは特性を式で表した場合の次数のことなのですが、フィルタを使う立場にとって次数とは減衰域における減衰傾度を表すものだと考えて、ほぼ差し支えありません。
(注意:減衰が一様でないものには適用できません。また、伝達関数の「極(pole)」の数であることから、N次をN poleと表記することもあります。)

ちなみに、ローパスとハイパスでは、次数が1につき6dB/octです。
したがって、2次では12dB/oct、8次なら48dB/octということになります。


バタワースフィルタは、振幅周波数特性で見る限り、通過域はフラットで遷移域にも暴れがなく滑らかで素直な形をしています。
しかしながら、方形波を入力した場合の出力波形(ステップ応答)は、けっして素直とはいえません。

図2は、バタワースフィルタに方形波を入力したときの出力波形(横軸が時間)です。

注目したいのは、波形の乱れです。
次数が高くなるに連れて、立ち上がりに大きなオーバシュートやリンギングを生じています。

図2:バタワースフィルタのステップ応答化

ローパスフィルタを通すと信号が立ち上がるタイミングに遅れを生じますが、それ以前にローパスフィルタの持つ最も基本的な性質として、波形の角が丸くなって立ち上がりの傾斜が緩くなることが挙げられます。

このため、波形を滑らかにして暴れを減らす目的でローパスフィルタが使われることが多くあります。
ところが、現実としては、バタワース特性のローパスフィルタを通すと意に反してオーバシュートやリンギングが発生してしまいます。
これは予測し難いことかもしれません。


もし、ローパスではなくバンドパスのフィルタであれば、共振回路としての要素を多く含んでいることから、出力に振動的な波形が現れることは、感覚的にある程度予測できます。
確かに、ローパスフィルタの振幅周波数特性がピークを持つようになると、ステップ応答は振動的になります。

図3、4、5にその一例を示しました。

図3:周波数特性にピークがあるローパスフィルタ

ちなみに、このような例は、計測器に接続するケーブルのインダクタンスと計測器の入力インピーダンスなどで不用意に形成される回路で起こりがちな現象です。
このため、オシロスコープなどで図2のような応答波形を見た場合に、「フィルタがローパスではなく、バンドパスに近くなっている」と判断してしまうことがあります。

図4:上記のステップ応答
図5:上記の特性を持ったLCR回路

ところが、図2のオーバシュートやリンギングはバタワースフィルタの応答です。
そして、バタワースフィルタは、図1で示したように振幅周波数特性にピークはありません。
しかも、ローパスですから、振動を生じるような特定の周波数成分を強調する働きはないばかりか、遮断周波数を超える周波数成分は確実に減衰します。
それにもかかわらず、波形にオーバシュートやリンギングを生じるのは、フィルタを通ることで「位相の回転」という現象が起こるからです。


位相の回転は、信号がアンプやフィルタなどの電子回路を通過する際に必ず起こります。

図6は、信号がアンプやフィルタなどの電子回路を通過する際には、少なからず時間遅れが生じることを示したものです。
このとき、遅れの量を時間ではなく「位相」で表すと、どうなるでしょうか。
正弦波信号では一周期が位相でいうと360度に相当しますから、周波数が決まれば、入力から出力までの時間遅れを位相の大きさで表すことができます。

このことを「位相が回る」といいます。
位相が回るということは、正弦波が時間的に後ろへ移動することですから「移相:phase shift」と表現される場合もあります。

図6:入出力間の時間遅れ

次に、同じ時間遅れで周波数が変わった場合を考えます。(図7)

時間遅れが同じ場合は、位相の回転量と周波数は比例します。
たとえば、周波数がFの信号と2×Fの信号がフィルタに入力され、ある時間後に入力と同じ波形の信号が出力に現れたとします。
このときのFの位相回転(移相量)がφだったとすると、2×Fでは2×φだけ位相がシフトして出力に現れていることになります。

図7:入出力間の位相関係

方形波をはじめとする信号は、正弦波の合成として表現できるので、上記の表現を一般化して考えてみます。

ある時間遅れの後に、出力に入力と同じ波形の信号が現れたとすれば、そのときの「信号の周波数と位相回転の大きさ(移相量)とは比例している(直線的な関係にある)」ということになります。
別の言い方をすると、入出力間で波形が変わらないための条件は、全ての周波数で遅れ時間が同じであることです。


では、移相量(位相回転の大きさ)と周波数の比例関係が崩れるとどうなるのでしょうか。

図8の黄色の線は周波数がF(Hz)の正弦波sin (ωt) [青色:ア] と周波数が3倍(3F)で振幅が1/3の信号 1/3 sin(3ω) [赤色:イ] とを合成した波形を示しています。
この信号がフィルタを通った時に、Fで移相がφ回転したとすれば、3Fの成分で位相が3φ回れば、出力には入力と同じ[黄色:ア+イ]の形をした信号が現れます。

図8:正弦波の合成1

これに対して図9は、3Fの信号だけがさらに180度(π)回転してしまったときの波形を示しています。

図9は、Fよりも3Fの方が時間遅れが大きい回路を通した場合の出力波形に相当します。
図9を見ると、アとイは周波数も振幅も図8と変わっていないにも係わらず、両者を合成した波形 [黄色] は大きく異なっています。
合成された波形は図8と比べて、振幅が大きくなり、振動的要素が強まったように見える事に注目してください。

図9:正弦波の合成2

つまり、アンプやフィルタでは、入出力間の位相対周波数特性が直線(リニア)な関係からはずれると、振幅の周波数特性が平坦だとしても、波形は大きく変わってしまうことがあります。


ここで、話をバタワースフィルタに戻します。

実は、バタワースフィルタのステップ応答でオーバシュートやリンギングが生じるのは、位相の周波数特性がリニアではないことに起因しています。
図10にバタワースフィルタの位相特性を示しました。
オーバシュートやリンギングは、遮断周波数付近の位相特性が特に大きく影響しますが、図10でも遷移域でカーブが曲がっているのがわかります。

図10:バタワースフィルタの位相特性

さらに図11では曲がりの様子をよりハッキリさせるため、位相回転を周波数について微分しています。

図11の表現法はフィルタの「群遅延特性」と呼ばれます。
位相特性はステップ応答などを検討する際に直感的でわかりやすい表現です。
一方、群遅延特性は周波数に対する位相回転の非直線性が顕著に現れます。

図11:バタワースフィルタの群遅延特性

群遅延特性はバースト信号や変調信号などに対する影響を検討する際などにも重要な評価項目です。

そして、バタワースフィルタを群遅延で見ると、次数が高くなるに連れ、遮断周波数を中心とする周波数範囲でカーブが大きくうねっている様子がよくわかります。


そこで、位相回転が周波数に対して比例関係を保つようにして、オーバシュートやリンギングなど波形の変形をできるだけ抑えるように考えられたのが「ベッセル(bessle)特性」のフィルタです。

このため、ベッセルフィルタを位相直線型などと呼ぶことがあります。

図12、13にベッセル型ローパスフィルタの位相特性と群遅延特性を示します。

位相特性で見るとバタワースとの違いがわかり難いかもしれませんが、群遅延特性で見ると、うねりの無い特性をしており、バタワースとの違いがよくわかると思います。

図12:ベッセルフィルタの位相特性
図13:ベッセルフィルタの群遅延特性

そして、図14はベッセルフィルタのステップ応答です。

ベッセル特性のフィルタにはバタワースで生じたオーバシュートやリンギングがありません。

図14:ベッセルフィルタのステップ応答

それならば、フィルタはすべてベッセルにしてしまえばよいように思えます。

ところが、そうもいかない理由があります。
図15はベッセルフィルタの振幅周波数特性です。

また図16は比較のために同じ8次系でバタワース特性のフィルタと重ね合わせたものです。

両者を比べると、ベッセルはバタワースに比べて遮断周波数付近の減衰が緩やかであることがわかります。
つまり、フィルタとしての切れ具合ではバタワースに軍配が上がります。

図15:ベッセルフィルタの振幅周波数特性
図16:ベッセル(赤)とバタワース(青)の振幅周波数特性比較

結論としては、A/D変換前のアナログ信号処理のような波形を重視する用途ではベッセルが適し、オーディオ信号のようなスペクトルを重視する用途ではバタワースが優れていることになります。

なお、ベッセルとバタワースはフィルタの代表的な特性ですが、フィルタにはこの二つ以外にも多くの特性があります。
特に最近では、アナログ信号をデジタルで処理する際に用いるアンチエイリアシングフィルタ用に急峻な特性を持つさまざまなフィルタが用いられています。
計測においてもデジタル処理が多くなっていることから、アンチエイリアシングフィルタを理解しておくことは測定したデータを解析する上で極めて重要なことです。
このため、A/D変換におけるエイリアスとフィルタの関係については項を改めて解説することにします。

(この項終わり)

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