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負帰還の考え方
負帰還の考え方
電子回路や制御システムを安定して動作させるための基本テクニックの一つに負帰還があります。
負帰還(Negative Feedback)は、電子回路に限った技術ではありません。
我々が日頃生活する中にも負帰還は存在します。
例えば、あなたが車を運転する時も、です。
下のグラフは、クルマを運転するときの速度変化の様子を示しています。
アクセルを踏み込んでクルマをスタートさせると、速度がぐんぐん上がっていきますが、あなたはスピードメータを見て、ある速度付近に達した時点でアクセルから足を離すでしょう。
そして、車の速度がある程度低下すると再び(しかし今度は少しだけ)アクセルを踏み、最終的にクルマは一定の速度で安定して走行します。
慎重派のあなたなら、目標速度に達する前に少しずつアクセルを緩めていくかもしれません。
いずれにせよ、クルマは目標の速度を保ちます。
実は、この一連の動作の中に、負帰還を構成する大事な要素が全部入っています。
まず第一に、ドライバーは、「○キロ(km/h)で走ろう」という目標値を持っていることです。
明確に意識するかどうか、法定速度か否かは別として、道路事情やほかのクルマの速度を勘案して、最適な走行速度のねらいを定め、その値に近づくようにアクセルをコントロールしているはずです。
二点目は、スピードメータの存在です。
スピードメータは、ドライバーがアクセルを踏んで速度を制御して得られた結果をドライバーに知らせます。制御出力情報を取り出している、と表現することもできます。
ドライバーはスピードメータの指示と自らの目標スピードを比べて、アクセルやブレーキの操作を判断します。
三点目は、アクセルやブレーキが正しく動作するクルマそのものです。
クルマはドライバーの意志に従って応答します。
上の機能説明を図式化したのが図2です。
ドライバーは自らの目標スピードとスピードメータの指示値を比較して、アクセルを踏む量を決めます。
その結果、クルマのスピードはドライバーの目指すスピードに保たれます。
我々は普段意識することはありませんが、図2のような制御が働いているおかげで、クルマは安定して走行できるのです。
ちなみに、図2の箱や矢印のどれか一つが欠けても、クルマは暴走してしまいます。
また、目標スピードは同じでも、もし、道が上り坂だったり、クルマ自体の力が弱ければ、ドライバーはアクセルをよけいに踏み込みます。
反対に、下り坂だったり、レスポンスの良いクルマであれば、アクセルを踏む量は少なくなるはずです。
このように、目標値と出力を比較した結果によって制御対象を制御することを「負帰還(NFB:Negative FeedBack)」と呼びます。
帰還(feedback)は、情報を入り口に返すということです。
図2で明らかなように、負帰還システムは一つの情報制御ループを構成します。
また負帰還の「負」は、出力の結果を負の情報として戻して比較されることを意味します。
例えば、クルマのスピードが目標値を超えたとき、制御はスピードを落とす方向に働かなければなりません。このことを「負(negative)」と表現しているわけです。
これに対して、目標値を超えたときに、さらにスピードを上げるのは「正(positive)」の帰還ということになりますが、それではクルマは限りなく速度を増してしまいます。
ここで、負帰還によって、得られる基本的なメリットをまとめます。
●制御される結果を、目標値に限りなく近づけることができます。
→出力の安定
●(上り坂や下り坂など)外部に制御を乱す要因があっても、正しく制御できます。
→外乱の影響排除
●最終的な出力(クルマの例では速度)は、制御部(車)の性能にそれほど影響されません。
→制御部の性能に影響されにくい
こうして考えると、負帰還は身の回りにたくさんあります。
例えば、政治や企業なども、目指す目標があり、結果をフィードバックして修正しながら進んでゆくと考えれば、立派な負帰還システムです。
人間が介在する事を考えなければ、さらに多くなります。
例えば、CDプレーヤはわずか1ミクロン(μm)程度のピットと呼ばれる穴を光のビームでトレースすることによって音のデータを取り出しますが、ディスク自体の工作精度(偏心やブレ)やピックアップ(信号を検出する可動ユニット部)はそれほど高くありません。
このため、負帰還によって、光のビームが常にピットに当たるように、ピックアップの位置やディスクの回転速度などが調節されています。
もしも、負帰還を使わずにCDプレーヤを作ったとすると、それはとてつもなく高価でかつ大型の装置になってしまいます。
なお、CDプレーヤのように、電気系統と機械系統が混ざり合った負帰還システムはサーボ系とも呼ばれます。
工作機械などの産業装置にはサーボ技術が数多く使われています。
負帰還を電子回路的に考えると、前述の図2は以下のように書き換えることができます。
目標値は即ち入力信号であり、出力は、負の情報(位相反転)として入力に戻されます。
その結果、出力は限りなく入力に近づきます。
ですが、一般から見れば、出力が入力と一致するだけならば、なにも負帰還回路を使う必要は無いように思えるかもしれません。
実は、電気回路的には、負帰還によって入力と出力を一致させただけでも、入力出力インピーダンスの変換やドライブ能力の増大などいくつものメリットがあります。
しかし、電子回路に負帰還を利用する大きなメリットの主眼は図3にβで示した箱にあります。
入力と出力を一致させる場合はβの中身はただの線でつながれるわけですが、この部分を図4のように2本の抵抗で構成すると回路の動作はどうなるでしょうか。
今、2本の抵抗の値が同じだとすると、その中点の電圧は、出力の1/2になるはずです。
この電圧が増幅器の位相反転入力(負帰還)端子につながれると、増幅器は、この電圧(出力の1/2)と入力が等しくなるように動作します。
その結果、出力電圧は入力のちょうど2倍の値になります。
同じ値のR1とR2を追加することで、利得(増幅率)が正確に2倍の増幅器を作ることができます。
これを、クルマの例に置き換えて考えるとどうなるでしょうか。
それは、スピードメータが真の値の半分を指示する場合に相当します。
もし、メータが現実の1/2を指示するとしたら、ドライバーには現実の速度の半分に見えますから、結果的に目標値の2倍の速度(ただし安定して2倍の速度で)運転してしまうはずです。
同様に、図の4でR1とR2の値を変えて中点の電圧を変更すれば、出力の値を入力の何倍にするか(=利得)を任意に決定できることも分かります。
ここでは、利得の決定に増幅器自身の増幅率は含まれないことに注意してください。
つまり、回路の増幅率を、増幅器自身ではなく、外部の抵抗器の値で決定できるのです。
クルマの例に置き換えると、スピードメータ(とドライバの判断)さえ安定したものであれば、クルマのエンジン性能に左右されることなく、速度を任意正確に保つことができることに相当します。
このことは、電子回路的に極めて重要な意味を持っています。
一般に負帰還を施さない増幅器や回路は、温度や素子の影響を受け易く、不安定で特性のばらつきも大きくなりがちです。
そこへ負帰還を施せば、増幅器の性能が多少変化しても、外部から見た特性には変化が起こらなくなるので、極めて安定した回路にすることができます。
抵抗器の(抵抗値の)安定度は、負帰還を施さない増幅器の(増幅度の)安定度よりも格段に高く、かつ、安いものが簡単に手に入るからです。
β回路をさらに工夫すると、フィルタを初め、さまざまな機能性能を持った回路を作ることができます。
負帰還を施すことによって、回路的には増幅器のひずみなど非直線性を改善できるなどの効果もあります。
なお、図4のように、負帰還回路を構成しやすいように、電気性能や端子が考慮された汎用のICは、オペアンプ(OP AMP 演算増幅器)の名で広く市販されています。
また、負帰還を施すことを、負帰還を”かける”と表現する場合がありますが、かけ算するという意味ではありません。
最後は、負帰還の効果の度合いについてです。
これまで述べてきたように、負帰還には多くのメリットがあります。
しかしながら、単純に出力を入力に戻せば旨くゆくかというと、そうではありません。
例えば、車を運転するドライバーが、たいへんな慌て者だったり、逆にのんびり屋だったとすると、負帰還は旨く働かないどころか、逆効果になります。
慌て者の場合は、車の速度が目標値を超えたとたんに急ブレーキを踏んでしまい、今度は速度が下がりすぎてあわててアクセルをいっぱいに踏み込む、ということを繰り返すことになり、クルマの速度は上がったり下がったりします。場合によっては危険な状態も起こり得るでしょう。
反対に、のんびり屋の場合は、クルマが大きく速度超過してからゆっくりと減速することになるので、いつまでたっても速度が目標値に達しません。
このように、負帰還回路では、フィードバックと制御のレスポンスが最終的な安定度や応答速度に大きな影響を与えます。場合によっては、かえって不安定になったり、暴走する危険もあります。
詳細は避けますが、負帰還が正しく動作するための条件を定性的に述べるとすれば、
・構成する各要素の応答速度は仕上がりに求めるシステムの応答よりも速いこと。
・ループを一巡したときの情報は完全に「負」であること。
・制御部(増幅器)の感度(裸利得)が高いこと。
ということになります。
初めに、政治や企業運営も負帰還であると説明しましたが、この辺を考えれば、政治や企業運営が不安定になることを解明するヒントがつかめるかもしれません。